南区レトロ

​ぽすとかん物語

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石山のランドマークであり、地元の方々に愛され続けている歴史的な建物、「ぽすとかん」。

現在は軟石商品を扱うショップやカフェが併設されており、食事をしながらゆったりとした時間を過ごすことができる。

実はこのぽすとかん、その名の通り昔は郵便局だったそうだ。

現在の持ち主である岩本憲和さんと、弟の欣也さんに当時のお話を伺った。

​賑わいの中心だった郵便局

  明治35年に穴の澤郵便局が開設された。それがぽすとかんの始まりだ。石山郵便局という局名に改称されたのは41年だ。木造の建物で、今のぽすとかんとは少し離れた場所にあった。当時は館さんという方が持ち主で、岩本さんに引き継がれたのは大正8年からだった。

   元号が昭和に変わり石山地区の人口が増え賑わっていく中、昭和15年に改装工事が行われた。場所はそのままで、現在の石造りになった。石山地区は札幌軟石の産地だということもあり、火事に強く、値段も安かった軟石を建物に使うのがその頃は一般的だった。

 憲和さんの叔父と石工、そして大工の方たちで協力して石を積み上げていった。

 改装した時の間取りは今とは大きく違っていて、1階には郵便局の事務室や、電話交換機、窓口などがあった。

 2階は和室になっていて、局員の忘年会や下宿先、会議室、ご家族の方の生活の場などとして多目的に使われていた。

※2 大正15年に家族で記念撮影した時の写真。奥の建物が初代郵便局。左より、憲和さんの祖母のキクエ、叔母の百合子、曽祖父の吉次郎、叔父の一男、曾祖母のセン、祖父の豊作。

※3 郵便局時代の大まかな間取り。窓口では電報も24時間受け付けていたため、局員の人は夜中でも、寒い冬でも届けに行ったそうだ。

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入ってすぐに格子ガラスの窓口があり、そこでお金の受け渡しや切手を売ったりしていた。憲和さんが子供の頃は切手ブームだったため、外にはみ出すぐらいの行列ができていたそうだ。

※6 電話交換機の前には常に電話交換手の方がいた。当時は電話を持っている家が少なかったため、電話と電話をつなぐ仲介役として活躍していた。

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左は1970年の新年に撮影した集合写真。右は配達時の局員の様子。当時局員は20名ほどいたのだが郵便局内にいたのは5名ほどで、残りの人達は裏にある分室で手紙の仕分けをしていた。南区の中心的な郵便局であったため毎日のようにたくさんの郵送物が届き、自転車やバイクを使って広範囲に配達していた。

  岩本さんの家と郵便局は中で繋がっていたため、子供だった憲和さんは気軽に出入りしていた。そのためお客さんには家族のように可愛がられ、仲が良かったそうだ。地元の人ばかりがくるのでみんな顔見知りで、気軽に冗談を言い合っていたそうだ。みんながおしゃべりして帰っていったという感じだ。当時は百貨店や映画館もあり、商店街が賑わっていたため郵便局も活発だった。

  そんな中昭和40年半ばに石山地区周辺の人口が増加し、業務量の増加によりお客さん全員を応対しきれなくなり、移転の話が持ち上がった。そして48年に、郵便局は石山小学校の向かいに移転された。同時に石山郵便局は郵便局としての役目を終えることになった。

  それから選挙事務所や貸事務所、不動産として細々と使われてはいたが、現役の頃のような賑わいはなくなった。

​取り壊しの危機

軟石業の衰退により軟石の建物が減っていく中、旧石山郵便局にも危機が訪れる。平成8年に道路を広げるために取り壊されることになったのだ。だが地元の方々から残して欲しいとの声が上がり、市に要請し、その場所から移転することを条件で残せることになったのだ。

 やがて移転作業が始まった。岩本さんの家と繋がっていた部分を切り離し、旧石山郵便局だけを約10m動かした。

上で述べた柱だ。一階と二階を突き抜けた構造になっている。

※9 建物の基礎から全部堀り、下にレールを敷いて油圧で動かした。専門の業者の方にやってもらい、一日に1m程少しずつ動かしていく様子を地元の方々は見守っていた。

  その後の改装工事で、筋交いを入れ内部を補強し、2階を取り壊して吹き抜けの階段をつけ、そして窓枠を洋風なデザインに変えた。また、憲和さんが子供の頃に遊んでいた裏庭から切り出した、松の木を柱にした。今もぽすとかんへ行くとその柱を見ることができる。立派な太い木で、室内の雰囲気をより良くしている。

  翌9年に改装工事が終了し、現在とほぼ同じ形になり、名称がぽすとかんに変わった。それ以降は地域の方々の展示会や演奏会、ピアノ教室などのように、フリースペースとして使われていた。

  そして平成31年に現在の形にリニューアルオープンされた。

なぜぽすとかんは残ったのか。それは単に運が良かったからというだけではない。

持ち主である岩本さんだけではなく、地元の方々が守ってきたからだ。昔から住んでいた方々にはそこにたくさんの思い出がつまっている。そのようにぽすとかんは愛され続けてきたのだ。今も昔もずっとずっと。

現在ぽすとかんは新たに生まれ変わり、昔の賑わいを少しずつ取り戻しつつある。

今日も店の人達で一丸となってお店を盛り上げようと頑張っている。そんなぽすとかんにこれからも目が離せない。

※1,4,5,6,7,8 岩本氏所蔵。

※2,9 岩本憲和氏所蔵。

​※3 岩本憲和、欣也氏証言に基づき平沢作成。

​記事  平沢 摩阿椰

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